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占いえらび
「天中殺」という言葉は、1979年に流行語になりました。ブームの中心にいた占い師は、のちに予言が外れ、占いをやめています。算命学の成り立ちと、このブームから見えてくる「占いとの上手な付き合い方」をたどります。
この記事の3行まとめ
いまの日本の算命学は、第二次世界大戦のあとに伝わったものとされています。
中国で共産党による革命が起きたとき、算命学を受け継いでいた呉仁和(ごじんわ)が日本の長崎に逃れ、それを高尾義政(たかお・よしまさ)が受け継いだ、と伝えられています。
その後、高尾学館・伝習院など、いくつかの学びの場ができ、流派が分かれていきました。同じ算命学でも、先生によって言葉の使い方や重く見るところが少しずつ違うのは、このためです。

算命学を広く世に知らせたのが、占い師の和泉宗章(いずみ・そうしょう、1936〜2001年)です。
「12年に2年やってくる、ひと休みの時期」という分かりやすさと、少しこわい響きの言葉が、多くの人の心をつかみました。いまでも「天中殺」という言葉を知っている人が多いのは、このブームがあったからです。
和泉宗章は、1979年1月1日のテレビ番組で、当時の読売ジャイアンツの長嶋茂雄監督について、チームは日本一になれないと話しました。さらに、監督が1980年2月までに辞めるとも予言していた、と伝えられています。
この予言は外れました。和泉は1980年4月4日、占い師をやめると宣言します。
その後の和泉は、占いを否定する立場に変わりました。テレビ番組に出て、開運をうたう商売の問題を訴え、「天中殺はない。だまして申し訳ない」と謝ったとされています。
ブームの中心にいた本人が、自分の言葉を取り消した。これは、占いの言葉を「未来の予告」として受け取ることの危うさを教えてくれる出来事です。

では、占いは役に立たないのでしょうか。このサイトは、そうは考えていません。大事なのは、何のために使うかです。
| こう使うと苦しくなる | こう使うと役に立つ |
|---|---|
| 「天中殺だから、何をしても失敗する」と決めつける | 「この2年は、決める前に一度立ち止まろう」と予定を立てる |
| 先生の言葉を、そのまま未来の予告として受け取る | 先生の言葉を、自分の考えを整理するきっかけにする |
| 不安になるたびに、何人もの先生に聞き直す | 聞く人数と金額の上限を、先に決めておく |
算命学の星や天中殺は、自分の性質や時期を考えるための地図です。地図は、行き先を決めるのは自分だという前提で使うと、いちばん頼りになります。
先生の言葉を「自分の役に立つ形」で受け取るために、相談のあとで試してほしいことがあります。
プロの先生のあいだでも、算命学の出し方は少しずつ違います。たとえば性格の中心をあらわす中心星は、生まれた日が節入りから何日目かで決まります。
このサイトで1950〜2010年の22,280日を計算したところ、月の干支だけで中心星を出すと約3人に1人(32.9%)が違う星になりました。くわしくは算命学の計算で、自分の星を2通りで確かめられます。

算命学の先生に相談するときは、結果だけでなく「どう過ごすか」まで聞くのがおすすめです。
電話占いは1分ごとに料金がかかります。月の予算を決めておくと、安心して相談を続けられます。
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